8月26日(土)[第5日目]
 湖水地方というのは、イングランド北西部にある国立公園。氷河期に形成された山々やその間に点在する湖など、変化に富んだ自然が展開して、イングランドで最も自然が美しいとされるリゾート地である。主な湖だけでも10、小さな池は500以上もあって、それで湖水地方(LAKE DISTRICT)と称されている。
 
 湖水地方の入口にあるのが、ウインダミア湖であり、その周辺にウインダミア、ボウネス、アンブルサイド、グラスミアなどの、美しい街がある。また、ピーター・ラビットで有名な絵本作家、ビアトリクス・ポターが住んだニア・ソーリー村のヒル・トップ農場も、湖を挟んでウインダミアの対岸にある。今日は、ピーター・ラビットの故郷を訪ねるのが主な目的地である。

 今朝は雨模様である。9時頃、ホテルを出て、バスに乗って、ボウネスの街に出る。ウインダミア、その隣のボウネスが、湖水地方観光の中心地で、スレートの石を積み上げた美しい家並みが、たまらなくイギリスである。ボウネスの桟橋から、小さな渡し船に乗って、ピーター・ラビットの故郷であるヒル・トップのある対岸へ渡った。
 
 船を下りたところから1時間ほど軽いハイキングをして、ヒル・トップを目指すはずだった。船の中から気になっていたのだが、日本人の若い女性の3人ずれが、甲高い声で世間話に打ち込んでいて、これと一緒に1時間も歩くのではたまらんとやり過ごしたせいもあって、道を間違えたらしい。結構、急な山道になって、傘を差しながら歩くには、ハードな山登りになってしまった。ちょっと不安になりながら、どうせイギリスの一番高い山でも海抜900mしかないんだから、どうってことはないだろうと構わず登っていったが、少し後ろから来るイギリス人の4人ずれは、ヤッケや登山靴などしっかりした山登りの格好である。道がT字になったところで、不安になって、後ろのイギリス人に訊いた。どうも遠回りだったようだが、左に行けばニア・ソーリーに行ける。グッド・ラックと手を振って彼らは右に曲がっていった。この辺りの山を縦走しているようだった。

 道を間違えて、観光客の通らない山の中に入ったおかげで、素敵なものに出会ってしまった。しばらく下っていくと、なだらかな丘陵地帯に出た。のんびりと草をはむ羊たちである。土地の境界を表すのか、石積みの囲いが縦横に連なる丘陵に、白い綿毛をばらまいたように、羊たちが散らばっている。

 
    







    前の日の列車の旅で書き忘れたが、ロンドンを出たあとのイギリスは、ほとんど大都市らしいところはなく、地平線が見えるかと思うほどの大平原であったり、なだらかに起伏する丘陵地帯であったり、イギリスは小さな国と思っていたのは間違いだった。日本のように嶮しく高い山がないから、平地はイギリスの方がよほど広いのだろう。北海道の美瑛の景色をもっとデカクしたような小麦畑やジャガイモ畑が地平線まで広がっているようなところがあったり、なだらかな丘陵には羊たちがびっしりと群れていたりして、イギリスの地方の景色はほんとに牧歌的で広々している。

































 羊たちの天国を通り過ぎて、人家が見えてきた辺りが目指すニア・ソーリー村である。可愛いフルーツ・ショップがあって子どもたちが歓声をあげる。青いブドウとネクタリンとリンゴを買う。マスカットのような緑の皮で、少し小さい粒のブドウは、皮ごとボリボリ食べられて、これはウマイ。オーストラリアでも、このブドウはうまかったので、日本で探したのだが、日本では見かけない。日本では作れないのだろうか。



 
          













  絵本「ピーター・ラビットのおはなし」の著者ビアトリクス・ポターは、ロンドンの裕福な家庭に生まれ、毎年夏の3〜4ヶ月は、湖水地方の田園で過ごした。作家として成功したポターは、39歳の時に印税で念願のニア・ソーリー村のヒル・トップ農場を手に入れ、後半生の創作活動は、ここで行われたそうだ。ポターの家は、イギリスにしては小さな田舎風の2階建てで、観光客は時間を区切って入場制限されていた。実を言うと、ピーター・ラビットの絵はなんとなく知っているが、絵本に親しんだ記憶もなく、イギリスが誇る大作家にしては、質素な暮らしぶりだなというのがせいぜいの印象だった。
 
 ポターは、どうでもいいが、ニア・ソーリー村は、ほんとに気持ちのよいところだった。田舎っぽいホテルのレストランに入って、ビールと昼食。午後は、正規のハイキング・コースで、渡し船の乗り場まで歩く。田園の中にフット・パスという歩道が作られていて、羊や牛がすぐ脇でのんびりと草をはんでいる道を歩いていく。騒がしいもの、苛つくものがまったくなくて、ほんとのんびりしてしまう。

 
 2時半頃、渡し船でボウネスに帰り、観光用の2階建てバスに乗る。日本では、こういうバスを見ないが、イギリスは、ロンドンでも、どこでもバスは2階建てである。これはムスコのお気に入りの乗り物になった。実は、ムスコは車酔いする。ドライブが嫌いである。ワタシの車に乗ると、すぐに気持ち悪くなる。しかし、このバスの2階はエラク気に入ったようだ。これだけビュウビュウと風が来ると、酔ってるどころじゃないのだろう。バスを待っている間に買った、イギリス名物フィッシュ・アンド・チップスをバクバクと食っている。電車に乗っても車酔いしているムスコが、このバスではものまで食ってる。ちなみに、フィッシュ・アンド・チップスなるものは、イギリス人やオーストラリア人の大好物らしいが、あんな、油っぽいものをよく食うよな。

 
 南北に細長いウインダミア湖の北の端にある街がアンブルサイドである。ボウネスからバスで30分ほどで着く。灰色の石造りの家が並び、美しい街である。街を歩く。ムスメの将来の夢は雑貨屋さんである。そのムスメが泣いて喜ぶ可愛い雑貨類が並んだ店などを覗いて歩く。

 
 4時頃、そこからバスに乗って、少し先のグラスミアまで行ってみる。グラスミアは、イギリスを代表する詩人ワーズワースが暮らしたところ。彼が住んだ家が残されていて、それがここの観光の目玉なのだが、生憎とワーズワースの詩なるものにワタシもツマも造詣がないので、バス停の周辺をブラッと回って、また、バスに乗ってアンブルサイドに帰った。
 
 アンブルサイドは、人口3000人くらいの街なので、スーパーマーケットや果物店など、生活用の店舗もある。ホテルのレストランの油っぽい料理にも飽きたので、今晩は、ホテルの部屋でホーム・パーティということになった。スーパーでサンドウィッチ、カップヌードル、生ハム、ワインなどを買い込み、果物屋でブドウ、ネクタリン、生ジュースを買った。イギリスのスーパーは、80%くらいが冷凍食品。肉・魚はもとより、野菜や果物まで冷凍になっている。これだけの農業国なのに、野菜や果物まで冷凍にしてしまうのは、どういうわけだろう。ワインは、イギリスでは作らないのか? スーパーに置いてあるワインは、すべてオーストラリア産だった。それにしても物価は安い。ワインは、高そうな方を買っても5ポンド(約800円)くらい。カップヌードルは、日本のものはなくて、我が一行の人気の割には、あまりおいしくはなかった。今晩のパーティ・メニューをしこたま買い込んで、6時半頃、ムスコのお気に入りのバスに乗って、ウインダミアのホテルに帰った。