8月28日(月)[第7日目]
今日と明日の二日間、世界の大都市ロンドンを歩く。ロンドンを歩くとなれば、まず、女王陛下のいるバッキンガム宮殿に挨拶に行くのが筋というものじゃろう。これは、君主制だの天皇制だのがどうだこうだという問題ではない。単なるミーハーである。「個人旅行」にも、バッキンガム宮殿の衛兵の交替式は、華麗な絵巻物と書いてある。
ホテルを出て、すぐのところに地下鉄の駅がある。駅に着くと、非常ベルらしきものがけたたましく鳴っている。なんだかわからないが、とりあえず切符を買う。今日一日地下鉄乗り放題のフリーパス(ワンデー・トラベルカード)が、なんと一人3.4ポンド(約550円)である。安いと喜んで、改札に入ろうとすると、数人の制服を着た人達が緊張した面もちで現れて、「駅は閉鎖します」みたいなことを叫びながら、そこにいた人々を駅構外に押し出して、鉄格子のシャッターを閉めてしまった。なんだ、なんだ、なにが起こったのだとこちらは、慌てているのだが、周りのイギリス人達は、「ちぇ、しょうがねえな!」みたいな顔でそれぞれの方向に歩き出した。別に、救急車や消防車が来るわけでないので、それほど大したことでもないのだろうが、こちらはなんだかわけがわからず、が、とにかく地下鉄に乗れないことは確からしい。折角のフリーパスが役立たず。仕方ないので、地図を調べて、バッキンガム宮殿目指して、歩き始めた。
しばらく歩くと、 トラファルガー・スクエアという広場に出た。高い塔の上に、ナポレオン風の石像が立っている。ここはイギリスだから、ナポレオンでないのは確かで、「個人旅行」で調べると、大英帝国の時代にトラファルガー海戦で勝利した英雄ネルソン提督の石像だそうだ。欧米人は、石像だの銅像だのが好きだ。街のあちこちに立派な石像が立っている。和をもって貴しとなす日本人と違って、個人の強いリーダーシップを高く評価する欧米人との、資質の違いであろう。噴水があって、ベンチがあって、鳩が群れていて、天気も気持ちいいので、車屋台のソフトクリームを買って、一休み。
その広場を過ぎると、宮殿の正門につながる大きな長い道への入口に当たる アーチ状のデカイ建物がある。ちょうど、日本の大寺院の山門のようなものだ。それをくぐると バッキンガム宮殿が正面に見える。皇居前広場みたいなものだが、車がバーバー通っているし、人は大勢歩いているし、雑然としたお祭り広場のようである。長い道を歩いて、宮殿の正面に近づくと、そこはもう、黒山の人だかりである。「個人旅行」にも書いてあったが、午前11時30分から、近衛兵の交替式があって、それを見るために世界中から観光客が集まる。正門前の広場に着いたのは、10時45分くらいだったが、交替式を見るのによさそうなところは、ぎっしりと陣取られている。東京ディズニーランドのパレードの陣取りみたいなものである。もともと、そういうことに執念のない我が家族は、うんざりしたが、せっかくの絵巻物とやらを見ないで帰るのも大人げないし、ぎっしりと立っている人混みの中で、絵巻物の始まるのを待っていた。
馬に乗った警官が、颯爽と警備している。群衆を睨み回しながらパッカパッカと歩いているが、時々、広場の中心部にある大理石のライオンに乗っている見物人を叱りつけている。「アブナイから降りろ」と言っているのか、「女王陛下の御前で無礼であろう」と言っているのか、よくわからないが、かなり居丈高である。馬上の警官の叱責では降りないツワモノの見物人には、徒歩の警官が走り寄ってきて、怒鳴りつけている。「こんだけ、いっぱい集まって待ってるんだから、ライオンの背中ぐらい乗ったっていいだろう」ってな反発心が群衆に生まれている。我々のすぐ前にいた十人くらいの若者のグループが、ブーイングを表明して、周りの群衆にドッと受けている。フランス語のようである。さしづめ、フランスの高校生の修学旅行みたいなものであろうか。「カッコつけてないで、早く始めろ!」とか言ってるんじゃないか?
そうこうするうちに、宮殿とは反対の方から、赤い制服を着た近衛兵の 軍楽隊がパレードして来た。我々は、群衆の後ろから、背伸びして見ているのだから、絵巻物どころではない。なんだ、なんだと言っている内に宮殿の鉄柵の中に入って行ってしまった。それから、鉄柵の内側の、宮殿の前庭で、なんかやってるらしい。背伸びしてみて、カメラを目一杯高くかざして、なにやら撮ったが、 これが交替式かい?これだけ、大勢の観客を集めて、エラソウな騎馬警官に怒鳴りつけられて、これだけかい?もっと、ショーアップしろよ。せめて、鉄柵の内側じゃなくて、外でやれよ。広場があるんだから、もっと、見えるところでやれと、芸能事にはウルサイワタシは不満タラタラであるが、向こうからすれば、「これはショーではない、近衛兵の厳粛な勤務交替を、お前達が勝手に見ているだけじゃ」と言うのでしょうな。こっちは勝手にディズニーランドのようなパレードを期待していたので、なんだツマラナイと不謹慎な感想を残して、バッキンガム宮殿をあとにした。
それから宮殿の前庭に当たるような公園の中の道を歩いて、国会議事堂に向かった。公園の木々の茂みからは、小さなリスがチョロチョロしていて、ムスメとムスコは歓声を上げていた。 国会議事堂とビッグ・ベンは、まさにイギリスの誇り高き歴史を象徴するかのごとき壮麗さであった。ワタシは、仕事柄、議会制民主主義発祥の地イギリスの象徴としての国会議事堂とビッグ・ベンを、写真で何度となく見てきたので、実物を目の前にして感動一入であった。議事堂の脇に、清教徒革命の指導者 クロムウェルの石像が建っている。懐かしい人に会った思いである。議事堂の内部の、上院はきらびやかな席、下院はベンチのような粗末な席、の写真も目に焼き付いている。中に入れないものかと、周りを回ったが、さすがに議事堂の中には、観光客は入れてもらえないらしい。「個人旅行」によると予約が必要らしいので、あきらめた。
国会議事堂から少し歩くと、 ウエストミンスター寺院である。この寺院は、イギリス・ゴシック建築の傑作であり、大英帝国の歴史と共に歩んできた記念碑的建造物。王室の戴冠式や結婚式が行われるところだが、最近ではアンドリュー王子とセーラ妃の結婚式が行われた。有料(5ポンド=約800円)で中に入れる。観光客がぎっしりである。さすがに内部はカメラ禁止。2年前の旅行で、ローマのバチカンのサン・ピエトロ寺院も見たが、ヨーロッパの壮大華麗な教会建築には、圧倒される。キリスト教会権力の強大さを実感するが、それとともにヨーロッパには地震はないのかなと思う。鉄筋も入ってないような石を積み上げただけの建造物が、よく何百年も立っていられるよなと感心する。凄い技術が駆使されているのだろうが、日本みたいに大きな地震がしょっちゅうあったら、こんなデカイ石の建造物はコワイよな。
サンドウィッチのファースト・フード店みたいなところでビールと昼食。2時頃、これから大英博物館に向かう。もうかなり歩いて、みんなヘトヘトに疲れているのだが、ロンドンに来て、大英博物館に行かないわけにはいかない。ムスメとムスコが、かったるそうに歩きながら、「大英博物館て、なにがあるの?」と聞く。「大英帝国が世界中から集めた宝物があるんだよ」。「なんか、オモシロイものがあるの?」。「面白くなくても、ロンドンへ行って、大英博物館には行きませんでしたというわけにはいかないのだよ」。「どうして?」。「どうしても!」。
ロンドン名物・赤い二階建てバス(ダブル・デッカー)に乗る。朝、地下鉄の駅で買ったワンデー・トラベルカードは、バスもフリーパスである。 大英博物館は、改装工事中だった。さすがイギリスが世界に誇る大英博物館は、国営で入場無料なのだが、イギリスも財政が厳しいと見えて、入口で観客に改装工事へのカンパを求めている。日本人としては、知らぬふりもできない。20ポンドほどカンパした。世界の文化遺産を守ってくれたまえ。
最初に入ったところは、古代エジプトの展示室で、エジプト象形文字解読の手がかりとなったロゼッタ・ストーンがある。それからギリシャ・ローマの展示室、西アジア、古代イギリスと歩いていく内に、疲れもピークに近づいていく。全長4kmと言われる 広大な博物館内部、展示品はそれぞれ世界の貴重な文化遺産なのだろうが、こちらに古代史への素養がないと、文化価値に感動するより疲れの方が強くなっていって、ベンチを見つけては座り込む回数が増えていく。イギリスにケチを付けるつもりはないが、パリのルーブル美術館だと、ミロのビーナスとか、モナリザとか、サモトラケのニケとか、素人にもわかりやすい世界の宝があるが、大英博物館は、その点、ちょっと素人受けに欠けるのではなかろうか。真面目に見れば、一週間はかかると言われる大英博物館は、とにかく行ってきましたという程度に切り上げて、実は、今夜はお楽しみがある。
夜は、 ニュー・ロンドン・シアターで上演されている、日本でも劇団四季の上演でお馴染みの、ロングラン・ミュージカル「キャッツ」を観劇する。イギリスに着いた初日に泊まったピカデリー・サーカスのホテルのフロントで、ツマが苦心惨憺してチケットを予約した。1981年から上演しているというから、20年近くロングランしているわけだ。さすがシェイクスピアの国だよな。劇場の中に入ると、一種の円形劇場だが、劇場そのものが、野良猫の住む大都会の裏町にセットアップされている。劇団四季の上演でイメージはできているが、これが本家本元のキャッツだと感激する。休憩を挟んで約3時間、本場本物のミュージカルを堪能した。大ヒット曲「メモリー」の朗々たる熱唱が忘れられない。
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