第8回総合学科研究大会・開会式・校長挨拶
05.02.18
 本日は、本校主催「第8回総合学科研究大会」を開催いたしましたところ、ご来賓の方々を初め全国各地より多数の方々のご出席を賜り、厚く御礼を申し上げます。昨日の「課題研究」発表会に続きまして、本日は、本校の取り組んでおります進路指導と研究開発についての研究発表、また、筑波大学アドミッションセンター教授の渡邊公夫先生によりますご講演、そして分科会も計画しておりますので、最後までどうかよろしくお願い申し上げます。

 さて、総合学科高等学校は、平成6(1994)年度に全国の7校で開設されて以来、11年目の本年度には、全都道府県に計248校が開設されるに至りました。また、平成17年度以降の設置に向けて準備中の開設予定校が46校ありますように、今後も、都道府県における高等学校再編整備計画の進行と共に、総合学科の開設は増大していくものと予想されるのであります。

 本校は、初年度校の一つとして11年目を迎えたわけでありますが、すでに、第一次改編の系列とカリキュラムを見直し、平成15年度入学生より第二次改編として新系列によるカリキュラムの実施に入っているところであります。

 ところで、昨年度より施行された新高等学校学習指導要領は、各学校において「創意工夫を生かし特色ある教育活動を展開する」中で、「個性を生かす教育の充実」に努めることを求めております。また、教育課程の編成・実施に当たっては、「生徒の特性、進路等に応じた適切な各教科・科目の履修ができるようにし、このため、多様な各教科・科目を設け生徒が自由に選択履修することのできるよう配慮する」としております。個性化・多様化政策による高校教育改革の先駆となった総合学科は、「個性尊重教育」「選択制カリキュラム」を主要な特色として推進されてきました。これらの特色が新学習指導要領において普通科、専門学科を含めた高等学校全般の原則に普遍化されたことは、総合学科の推進役を自認してきた本校としてはまことに喜ばしい限りでありますが、一方で総合学科の特色が薄くなってしまったことに焦りを感じないでもないというところであります。

 第三の学科として新登場した総合学科は、普通科、専門学科の既設学科といかなる差異があるのか、普通科は大学進学準備教育、専門学科はスペシャリスト養成教育、総合学科は選択制カリキュラムによる個性尊重教育として差別化してきたものが、選択制も個性尊重も高校教育全般の目標だという時代になっては、総合学科としてはなにを特色としてアピールしたらよいのでしょうか。未だに囁かれる「総合学科は、よくわからない」という素朴な声、それは単に中学生やその保護者からだけではなく、現役の高校教師からも、いや本校の教師からでさえ、しばしば聞かれるのでありますが、これに答えて総合学科のアイデンティティを確立することが私共総合学科関係者の急務になっているのであります。

 では、総合学科は、どのような生徒を育成したらよいのでしょうか。その前に、もう一度、普通科、専門学科と、総合学科との区別化にこだわってみましょう。まず、いわゆる受験学力を鍛えて偏差値の高い大学に合格させることを目標とするならば、普通科の固定されたカリキュラムの方が効率的であると考えられます。一定期間に知識量を高めるには、系統的に配列された固定的カリキュラムの方が何倍も効率的であることは明らかであります。同じことは、特定の専門的能力、つまり技術・技能を鍛えることを目標としたスペシャリスト養成カリキュラムにもいえます。高校3年間で資格・検定の合格者をたくさん出すことを目標としたら専門学科の固定されたカリキュラムの方が何倍も効率的であることも明らかでしょう。昔から職人技というものは、親方の一方的な指導の下に鍛え上げられたものであります。

 よって、総合学科の目標は、「受験学力を鍛えて偏差値の高い大学に進学させる」とか「専門的能力を高めて資格・検定の合格者をたくさん出す」という、すでに普通科や専門学科が追求してきたところの「わかりやすい、目に見える数量的成果」を高めることに求めることはできないのであります。「生徒に主体的に科目を選択させる」ことを出発点に構成されるところの総合学科のシステムは、「教育効率」の観点で考えたら、これほど効率の悪いシステムはありません。「手間暇ばかりかかって、効率が悪い」のは総合学科に関わった教師は、百も承知のことであります。「教師にとっての効率の良さ」は捨てて、「生徒がゆっくりと学習に取り組むことのできる良さ」に総合学科の良さを見つけなければならないのであります。

 それでは、受験学力や専門的能力を高めることが目標ではないとしたら、総合学科は生徒のどのような能力を高めることができるのでしょうか。再び、「生徒に主体的に科目を選択させる」という総合学科の原理に立ち戻って考えてみましょう。生徒が自らで自らの学習計画を作るということは、今、教育界で注目されているカリキュラムマネジメントを生徒自体にやらせることであります。カリキュラムマネジメントとは、教師集団自らが自らの学校に適したカリキュラムを開発することによって学校を改革し、学校を個性化していく組織戦略としての学校経営をいいますが、総合学科では、生徒自体がカリキュラムマネジメントを行っていきます。すなわち、生徒自らが主体的に科目を選択し、自分なりの学習計画を作ることによって、自らの在り方を改革し、自らの人生を見据えて、自らの進路を選択していきます。この「自らの人生を見据えて、自らの進路を主体的に選択していく能力を育成すること」こそが総合学科の目標であり、総合学科のアイデンティティの基盤であるといえます。とはいいましても、「自らの人生と進路を主体的に選択する能力」とは、普通科だって専門学科だって当てはまるわけで、依然として「わかりにくい目標」であることは否めないところであります。

 しかし、ここに、この「わかりにくい目標」を補完するに適当な資料があります。(社)日本経済団体連合会「2004年度・新卒者採用に関するアンケート調査集計結果」(2005年1月20日発表)によりますと、「採用選考にあたっての重視点はなにか」という問いに対する企業の採用人事担当者の回答の第1位は「コミュニケーション能力(75.0%)」、第2位は「チャレンジ精神(56.5%)」、第3位は「主体性(50.4%)」であります。それに対して、重視度の低い項目は、「学校名(0.9%)」、「大学・所属ゼミ(3.2%)」、「学業成績(6.6%)」、「専門性(15.6%)」であります。もちろん、企業の採用人事担当者も、学業成績は悪くていいとは考えていないでしょうが、それ以上に、最近の若者に欠けているのは、「コミュニケーション能力」、すなわち、他人に働きかけて、仕事内容を説明したり、調整したり、分担したり、協力し合ったりする能力や、「チャレンジ精神」、すなわち、困難に立ち向かって、ねばり強く努力を続ける姿勢や、「主体性」、すなわち、自分自身のポリシーを持って、自分自身の責任で決断していく態度などであると考えているのがよくわかる回答結果であります。そして、これらの現実社会で求められている能力は、私共が「産業社会と人間」や「課題研究」の指導を通じて育成しようとしてきた総合学科教育の目標につながるものなのです。

 もう一つ、別の面から考えてみましょう。2004年の労働経済白書によると、15歳から34歳の若者の内、フリーターは210万人、ニートは52万人といわれます。少し前には、フリーターの増大が社会問題といわれましたが、少なくもフリーターは、定職ではないが、働く意志を持ち、バイトやパートで現実に働いていました。ところが、今日的な問題となっているのは、ニート(Not in Education,Employment or Training)という存在、すなわち、義務教育終了後、進学も就職もせず、職業訓練を受けていない若者が、わが国でも現在、52万人いるといわれます。しかも、ニートはここ数年増え続けているといわれているのです。

 このような時代に、高等学校の使命はなんでしょうか。「人間は、職業を通じて自己を実現し、同時に職業を通じて社会に貢献し、そして自らの幸福な人生を築いていく」ということをしっかりと自覚した人間を育成することであります。今日、強調されている「キャリア教育」、すなわち、生涯を通じてのキャリアを形成していくためのしっかりとした勤労観・職業観を育成することこそ高等学校のもっとも大切な使命であります。そして、そのことに最も適した高等学校制度が総合学科であるということを再確認することが、総合学科のアイデンティティの基盤であると考えます。

 「受験学力を鍛える」や「スペシャリストを育成する」から比べれば、「自らの人生と進路を主体的に選択する能力を育成する」は中学生や保護者にはわかりにくいし、現実的アピール度が低いかもしれないが、しばらくはやむを得ません。しかし、ニートが増え続けていく現代において、何より大事な高校教育は、総合学科が「産業社会と人間」や「課題研究」などを通じて行ってきた「キャリア教育」だということが、やがては社会に認知されていきます。総合学科は、まさにこの時代にマッチした高校制度なのであります。

 と、やや、強引な論を展開させていただきましたが、そのくらい総合学科も楽ではないということでありまして、本日の研究大会も、本校の苦闘の姿をご覧になっていただければ幸いであります。また、本校主催の研究大会は、教育委員会や校長会主催の公式のものとは違って、フリーで気軽な「現場教員の率直な交流の場」にしたいというのが本校教員の思いであります。どうぞお気軽にざっくばらんに本校教員にお声を掛けていただきたく存じます。今日一日がご参加の皆様にとって意義ある日になるよう祈念しまして開会のご挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。